【第1回】社会福祉法人における「経営」とは何か?~措置制度の幻影を振り払う~
2026.01.16


理事長・施設長様
株式会社幼保支援 法人運営支援/施設DX推進担当の大田黒です。これから、社会福祉法人の理事・評議員・施設長といった「経営層」の皆様に向けた、未来のために避けては通れないお話をしていこうと思います。
目次
はじめに:なぜ今、「運営」ではなく「経営」なのか
「措置制度」のDNAと現代のギャップ
施設長と理事長(経営者)の決定的な違い
「公共性」という言葉を言い訳にしていませんか?
赤字は「悪」ではないが、継続性を殺す「毒」である
これからの理事会に求められる「意思決定」の質
まとめ:自律した経営体への変革
1. はじめに:なぜ今、「運営」ではなく「経営」なのか
記念すべき第1回目のテーマは、ズバリ「経営」です。
「うちは福祉施設だから、『経営』なんて金儲けみたいな言葉は似合わない」
「『運営』と言ってほしい」
そんな声が聞こえてきそうですね。私もその気持ちは痛いほどよく分かります。しかし、あえて申し上げます。これからの時代、社会福祉法人は「運営(Operation)」するだけでは生き残れません。「経営(Management)」が必要です。
今日は、その意識改革の第一歩として、なぜ今マインドセットを変えなければならないのか、専門家の視点からカジュアルに、でも鋭く切り込んでいきたいと思います。
2. 「措置制度」のDNAと現代のギャップ
少し歴史の話をしましょう。 今の60代以上の方々にとって、社会福祉法人の原風景は「措置制度」ではないでしょうか。
行政が利用者を募集して施設に配置し、その費用(措置費)も行政が決めて支払う。極端な言い方をすれば、法人は「行政の下請け」として、決められたことをミスなく粛々とこなしていれば、経営の心配などする必要がなかった時代です。待っていれば利用者は来るし、お金も入ってくる。だから「経営」なんて考える必要はなく、日々の「運営」に集中していればよかったのです。
しかし、2000年の介護保険制度施行や、2006年の認定こども園制度の導入により、福祉は「契約制度」へと大転換しました。利用者が施設を選ぶ時代になったのです。 さらに、近年の社会福祉法改正では、ガバナンスの強化や財務規律の徹底が求められ、実質的に「一般企業並み、あるいはそれ以上の透明性と経営能力」が求められるようになりました。
それなのに、法人の意思決定の現場(理事会など)には、まだ「措置制度のDNA」が色濃く残っていませんか?
「行政が何とかしてくれるだろう」という依存心
「前例がない」という変化への拒絶
「赤字でも補助金が出るから」という甘え
このDNAを持ったまま、少子高齢化と人材不足という「超・競争時代」を戦うのは、現在進行形で難しくなっています。まずは、この古いOS(考え方)をアンインストールすることから始めましょう。
3. 施設長と理事長(経営者)の決定的な違い
現場の管理職である「施設長」と、法人のトップである「理事長(経営者)」の役割は、似て非なるものです。
- 施設長の役割: 「今日と明日」の現場を守ること。利用者サービスの質を担保し、職員のシフトを回し、事故を防ぐこと。
- 経営者の役割: 「5年後、10年後」の法人を守ること。投資を決定し、リスクを取って組織の方向性を決めること。
多くの法人で見られるのが、理事長が「スーパー施設長」になってしまっているケースです。理事長が現場の細かなトラブル対応や職員のシフト調整まで管理している。一見、熱心な素晴らしいトップに見えますが、経営の観点からは危険信号です。
なぜなら、理事長が「今日」のことばかり見ている間、誰が「10年後」の人口減少や建物の老朽化について考えるのでしょうか? 誰も未来を見ていない船は、必ず座礁します。
経営者である皆さんの仕事は、現場の業務を代行することではありません。現場が安心して働けるための「資源(ヒト・モノ・カネ)」を将来にわたって確保し続ける仕組みを作ることです。
4. 「公共性」という言葉を言い訳にしていませんか?
社会福祉法人には「公共性」「非営利性」が求められます。これは絶対の使命です。 しかし、これを「利益を出さなくていい」「効率化しなくていい」という言い訳に使っていませんか?
「我々は福祉をやっているんだから、多少効率が悪くても仕方ない」 「利益を追求するとサービスの質が落ちる」
これは大きな誤解です。 ドラッカーも言っていますが、**「利益」とは、組織が明日も存続するための「未来へのコスト」**です。
利益(内部留保)がなければ、老朽化した施設を建て替えることもできません。 利益がなければ、職員の給料を上げて良い人材を採用することもできません。 利益がなければ、制度の狭間にいる人たちを救う「地域公益活動」を行う原資もありません。
つまり、**「利益を出さない」ことは「将来の利用者や地域に対する背信行為」**なのです。 「儲ける」ことが目的ではありません。「利益を出し、それを社会に再投資する」ことが目的なのです。ここを履き違えてはいけません。
5. 赤字は「悪」ではないが、継続性を殺す「毒」である
もちろん、福祉事業ですから、一時的な赤字が出ることはあります。特に開設当初や大規模修繕の年はそうでしょう。 しかし、構造的な赤字(サービス活動増減差額が恒常的にマイナス)を「福祉だから仕方ない」と放置するのは、経営者の怠慢です。
それは、法人の体力を徐々に奪う「毒」です。 毒が回りきるとどうなるか。 最終的には、法人の解散、あるいは他法人への吸収合併しか道がなくなります。その時、一番困るのは誰でしょうか? 行き場を失う利用者と、職を失う職員です。
「優しい経営者」でありたいなら、まずは「強い経営者」でなければなりません。 数字(財務諸表)を直視し、不採算部門の撤退や、大胆なコスト構造の改革(ICT化など)を決断する勇気を持つこと。それが本当の優しさです。
6. これからの理事会に求められる「意思決定」の質
では、具体的に何を変えればいいのか。 一番手っ取り早いのは、理事会の「議題」を変えることです。
これまでの理事会は、形式的な報告会になっていませんでしたか? 「事務局が作成した資料を読み上げ、全員が異議なしでシャンシャンと終わる」 これでは、経営判断をしているとは言えません。
これからの理事会では、以下のような「問い」を投げかけてください。
- 「今の収益構造で、5年後の大規模修繕の資金は確保できるのか?」
- 「近隣に競合施設ができた場合、うちの法人の強み(選ばれる理由)は何か?」
- 「職員の離職率が高い真の原因は何か? 給与なのか、人間関係なのか?」
答えが出なくてもいいのです。まずは理事全員で「未来の課題」を共有し、議論すること。 監事の方も、計算書類の数字が合っているかだけでなく、「このままで法人は存続できるのか?」という視点で意見を述べてください。
7. まとめ:自律した経営体への脱皮
第1回目は、少し精神論的な話が多かったかもしれません。 しかし、このマインドセットの転換(パラダイムシフト)なくして、次回以降お話しする「ガバナンス」も「財務」も「M&A」も、ただの小手先のテクニックになってしまいます。
社会福祉法人は今、「行政に守られた存在」から「自律した社会的企業」への変革を迫られています。
それには痛みを伴います。これまでのやり方を否定しなければならない場面もあるでしょう。 ですが、その先には、制度の枠組みを超えて、本当に地域が必要とする福祉を自由な発想で提供できる、ワクワクするような未来が待っています。
このブログでは、その未来へ皆さんが辿り着くためのヒントになるような事をお伝えできればなと考えて執筆します。これからもお付き合いいただければ幸いです。
