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社会福祉法人のM&Aは進むのか

社会福祉法人のM&Aは進むのか

株式会社幼保支援 法人運営支援サポート担当/大田黒です。
施設長様、経理担当者の皆様、日々の園運営や子どもたちと向き合う業務、本当にお疲れ様です。人材不足や物価高騰など、園を取り巻く環境が厳しさを増すなか、ご不安やご苦労も多いことと存じます。

今回は、少し私の「雑記」として、最近よく耳にする社会福祉法人のM&Aについて、現時点での考えをお伝えします。

なぜ買い手が求める「優良案件」は市場に出回らないのか

最近、社会福祉法人の界隈でよく「M&A」という言葉を耳にするようになりました。エムアンドエーや合併とか事業譲渡とか、以前なら福祉業界では縁遠かったはずの言葉が、普通に出てきます。施設長や理事長へも仲介の電話が良く鳴っているのではないでしょうか?

背景にあるのは、誰もが薄々感じている人手不足の深刻さです。リクルートワークス研究所の「未来予測2040」によれば、このまま経済成長が止まった場合、2030年には全国で341万人の労働供給不足が生じるとされており、介護・福祉がその最も深刻な領域として名指しされています。厚生労働省の試算でも、介護職員だけで2026年度に約25万人、2040年度には約57万人が足りなくなる見通しだと言われています。保育施設では保育士不足も課題です。こういう数字を並べながら、「だからM&Aで規模を拡大して乗り越えましょう」という売り込みが来るわけです。また、企業と同様に後継者の問題もあります。

それはそうだなぁ。とここまでは思います。

現場で社会福祉法人の運営支援をしていると、「理想のM&A」と「現場の実態」の間にある深い溝が見えてきます。そのズレを、今日は少し書き留めておこうと思います。

そもそも、M&Aはどれくらい起きているのか

「ブーム」とは言われていますが、数字を見ると意外に地味です。

厚生労働省の委託でPwCコンサルティングが行った調査報告書(令和5年度社会福祉推進事業)によれば、全国の社会福祉法人の合併認可件数は年間10〜20件程度です。事業譲渡等にいたっては、所轄法人全体の0.3〜0.6%——300法人に1〜2件程度——しか起きていません。数字は実に静かなものです。

認可外・企業主導型・小規模保育事業・認可保育所等、NPO法人や株式会社が運営主体となっている施設のM&A実績は確かに伸びてきている様です。ただ、社会福祉法人に至ってはなぜこれほど少ないのか。そういった疑問が浮かびます。

1. 「売りたいとき(廃止したいとき)」には、手遅れな場合がある

M&Aの大前提は、買い手にとって「買う価値がある」状態であることです。安定した人員、地域に根ざした利用者ニーズ、健全な財務——そういう法人を「適正な条件で」引き受けたいと思うのは当然の話だと思います。

でも、肌感覚として言うと、譲渡側が「本気で手放したい」と思うタイミングは、だいたいそのラインを大きく超えた後です。

前述のPwC調査でも、合併の原因として「必要な人数の人材を採用できないため(24.1%)」「経営者の高齢化、健康問題(22.4%)」が上位に並んでいます。後継者がいない、人が集まらない、それで財務も傾いてきた——という状況になってはじめて「誰かに引き継いでもらおう」と動き出す、ということです。

「まだなんとかなる」「地域のために灯を消すわけにはいかない」と頑張り続けた末に検討候補としてあがるため、そのころには事業の価値はかなり毀損しています。買い手からすれば、目の前にあるのは「経営の効率化で収益性の改善を見込める事業」ではなかったりします。

この「売りたい側のタイミング」と「買いたい側が求める状態」のズレがM&A案件が増えない要因ではないでしょうか。

2. 社会福祉法人の「いい部分だけ」は買えない構造

株式会社のM&Aなら、採算が合わない部門を切り離して、おいしいところだけ買う、ということが比較的できます。でも社会福祉法人は、そう単純にはいきません。

多くの法人は複数の事業を抱えています。たとえば、児童養護施設や婦人保護施設(困難な事情を持つ女性を保護するための施設)に加えて、複数の保育所や特別養護老人ホームまで、一つの法人の看板の下でまとめて運営しているケースはめずらしくありません。

「収益が出ている保育所だけほしい」と思っても、公益性の高い事業はそう簡単に切り捨てられません。それだけじゃなく、施設や土地はもともと国や自治体の補助金と創設者の寄付で成り立っています。事業を切り出して譲渡するには、財産処分手続きや国庫納付金の精査が必要になってきます。

営利企業の「買った、売った」の論理が通じる世界ではない、というのが正直なところです。

3. 創設者の想いの承継と、評議員会との合意形成

多くの地方の法人様には、創設者(先代の理事長など)が私財を投じ、地域福祉のために土地や施設を寄付して運営を始められたという歴史があります。そのため、経営の責任を果たすべく、創設者の理念を最も深く理解しているご親族が役員や職員としてバトンを繋ぎ、地域福祉を支えてこられたケースが多く見られます。

こうした経緯があるからこそ、外部との統合を検討する際、経営者様にとって「これまでの雇用を守り、創設時の想いをどう引き継ぐか」は、単なる数字以上の重みを持つ決断となります。

また、再編において大きな鍵を握るのが「評議員会」の存在です。社会福祉法人には株式がないため、合併や事業の譲渡には、評議員会の決議が法的に必要となります。評議員の皆様は、地域の有識者や民生委員などで構成されており、法人の意思決定を支える重要な役割を担っています。

評議員の皆様も、事業が適切に継続され、地域のインフラが守られるのであれば、当然その再編を後押ししてくださいます。ただし、皆様が何より重んじられるのは「経済的な合理性」よりも「これまで通りの理念に基づいたサービスが続くか」という点です。そのため、外部の法人が運営に加わる際、それが「地域密着の想い」を損なうものではないかという確信が得られるまで、慎重に審議されることになります。このプロセスをいかに丁寧に、誠実に進めるかが、合意形成における最も大切なポイントとなります。

ちなみに先ほどのPwC調査では、調査した事業譲渡等の事例のうち評議員会の承認を確認できなかった事例もあると報告されています 。法的に必要なプロセスが所轄庁でも把握しきれていない案件がある、というのが実態です。

4. 仲介手数料のおかしな構造

仲介に入る事業者のインセンティブ設計も難しい問題があります。

M&Aで使われる手数料の算定方式として、「レーマン方式」というものがあります。これは取引金額に応じて手数料率を設定する方法で、株式会社のM&Aでは一般的なものです。

PwC調査報告書には、簿価純資産が百億円規模の法人の合併において、存続側と消滅側それぞれに「数億円」の手数料が提示された事例が記録されています。これに対して、弁護士や公認会計士が加わる有識者検討委員会は「社会福祉法人には株式の売却益という前提がない。持分のない非営利法人にこの算定方式を当てはめるのは慎重に検討する必要がある。」「タイムチャージ方式などを用いるのはどうか。」という見解もありました。「多額の資金が仲介手数料に費やされてしまう」という懸念の言葉もあります。

さらに、業者によっては純資産に有利子負債等を足した総額を算定の基礎にするケースもあります。こうなると手数料はさらに膨らみます。

そもそも社会福祉法人は、税制優遇を受けながら公的補助金や介護・保育報酬を原資に運営している公益組織です。その統合において、何億円もの手数料が仲介業者に流れる構造が社会に説明できるのか、というのは真剣に問われていいはずです。それだけじゃなく、法定人員配置のコンプライアンスをきちんと精査できる専門性を持たない業者が介入すれば、統合後に過去の給付金返還請求が発生するリスクも十分にあります。

5. 経営権の売買

もう一つ、見ておかなければならない現実があります。

社会福祉法人には持分権がなく、制度上「経営権」は存在しない概念です。ところがPwC調査が記録した不正事例には、この「存在しないはずの経営権」を売買する取引が複数登場します。

前理事長が「理事などを指定した人物に変更できるよう、権限を行使してほしいなどと依頼」を受け、見返りに金品を受け取って逮捕された事例。別の事例では、「経営権を総額42億円で譲渡する」という契約を結び、前理事長へ5.7億円を送金した件が有罪判決を受けています。いずれも、新しい理事長が就任した後に法人の資金を外に流出させるという構図が共通しています。

「良いM&A案件」のなかに、こうした違法スキームの入口になる存在がいないとは言い切れません。

まとめ、今までとこれから

ここまでお伝えしてきたように、一般的なM&Aの手法は、社会福祉法人の実態とそぐわない部分が多く存在します。

PwCの調査結果を見ても、合併や事業譲渡などが実際に成立した事例の多くは、「役員を兼務している法人同士」「同一地域の法人間」「行政からの情報提供」がきっかけでした。近年は福祉医療機構によるマッチング支援なども行われていますが、再編の実質的な土台となっているのは、日頃からの「信頼関係」と「相互理解」に他なりません。

今後、地域の人口減少や人材不足を背景に、施設の閉鎖を余儀なくされる法人はさらに増加していく見込みです。複数事業を展開する法人であれば一部施設の閉鎖で済むかもしれませんが、「1法人1事業」の場合、施設の閉鎖はすなわち社会福祉法人の『解散』を意味します。

今現在は経営が安定していても、人口減少は避けられない未来であり、いずれ閉鎖や解散という選択肢に直面する可能性があります。しかし、いざ閉鎖しようとしても、現状の制度では以下のような多くの壁が立ちはだかります。

  • 国庫補助の残存により身動きが取れない
  • 無事閉鎖できたとしても、先代が寄附した土地・建物を他法人へ寄付しなければならない
  • 施設の職員として生計を立てている理事長自身の今後の処遇

さらに、いざ解散となった際には、事業継続を断念して精神的な負担を抱えた状態の理事長に、膨大な申請・報告作業がのしかかることになります。

経営が安定している「今」だからこそ、打てる手立ては多く存在します。たまには理事会やその後の懇親会などにおいて、法人の今後について話し合う機会を設けてみてはいかがでしょうか。

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